作曲家 岸野末利加 (Composer: Malika Kishino)

インタビュー:2022年1月 京都某所

聞き手:佐川 淳

 

ヨーロッパを拠点にして

 

佐川:岸野さんは日本で生まれ育ち、フランスで作曲を学ばれ、現在はドイツで長く作曲家として活動をされていますが、それぞれの国の違いをどのように感じられますか。

 

岸野:フランスでは学生として過ごし、ドイツでは職業作曲家として住んでいるので、まずは立場の違いにより感じ方が変わったと思います。国による音楽的な違いについては、現在は以前ほどではなくなってきていると感じます。

ただ、ドイツには音楽大学が各街にあり、放送局の数も多く各地方に分散しているため、委嘱作品や現代音楽の演奏会の数が多いです。

一方で、フランスは多くの文化的イベントが首都パリに集中しているといった差はあります。とはいえ、音楽祭などでよく取り上げられる作曲家は両国で共通しています。現代音楽に関しては、ヨーロッパではフランスとドイツがリードしていると思います。

 

佐川:ドイツとフランスの音楽的な違いはある段階までかなりはっきりあったと思うのですが、いつから差が少なくなってきたのでしょうか。

 

岸野:インターネットが発展してからだと思います。私がフランスで学んでいた2000年代はじめ頃はもっとはっきりした差があったように思います。今は良い意味でも悪い意味でも簡単に情報が手に入り、音楽的なスタイルやエステティックが多様になってきました。またデジタル技術の発達で、容易にそれらしい物が作れてしまいます。

 

佐川:でも音楽はいつも時代による何らかの傾向があって、そこから先に発展していくのだと思っています。今のような突出したものが少ない状況をどのように評価したらいいのでしょう。

 

岸野:たくさんあるものを全部聞くのではなく、多くの中から自分で選択しなければならない時代なのだと思います。ア・ラ・モード(流行)をあまり信頼しない方がいいのではないでしょうか。

 

 

 

2021年、チェロとオーケストラのための「What the Thunder said / 雷神の言葉」でNHK交響楽団第69回「尾高賞」を受賞

映像は2021年11月、ケルンのフィルハーモニーでWDR西ドイツ放送交響楽団により演奏されたもの。

指揮:クリスティアン・マチェラル チェロ:オーレン・シェヴリン

 

創作について

 

佐川:岸野さんの作品についてお尋ねします。岸野さんの音楽は、とても繊細な単位での音の扱いによって音の響き全体が変化していくところが面白く、作品全体の中に時々激烈なダイナミクスが存在するところが魅力なのではないかと思っているのですが、岸野さんご自身が作曲される時に意識されていることはありますか?

 

岸野:平たい言い方をすれば、作品を聴いている時間が、聞き手にとって「魔法の時間」になることを考えています。作品が持続する時間を濃いものにするためには、聞き手の集中力を持続させるための、曲の構造、音楽の呼吸感などを考えなくてはなりません。それが作曲の技術だと思っています。

 

佐川:去年初演されたオルガン作品「Air Song」についてお尋ねします。オルガンのための作品というのはこの作品が初めてだと伺いましたが、実際に作曲されて苦労されたことや、今までの創作と異なったことはありますか。

 

 

岸野:オルガンはストップ(パイプの種類や音高)の組み合わせで音色を作る楽器で、楽器毎に仕様が異なります。私の作品では、音の層の構成や音色を大事にしてますが、オルガンでは求める音色を大体のイメージに留めておかなければ、初演のオルガンで実現したことが他のオルガンでは対応できなくなってしまいます。そういう気付きを得たことが、作品の書き方に繋がりました。

Air Song」を書くにあたって一番良かったことは、一晩初演会場であるソフィエン教会(Sophienkirche)のオルガンを自由に触らせてもらえたことでした。その時に色々なことを試すことができました。オルガンの魅力は、オーケストラのようなエネルギーをたった一人で空間に放つことができるところです。もっと作品を書きたいと思う楽器の一つです。

 

最近の作品について

 

佐川:委嘱が多いと伺いました。岸野さんのコンサートスケジュールを拝見すると予定がびっしり詰まっていて、特に秋にはドナウエッシンゲンやブレゲンツ音楽祭などで大きな作品の初演を控えておられますが、どうやってそれだけの創作をこなされているのでしょうか。

 

岸野:通常作品の委嘱は数年前に受けます。初演がコロナで延期されたものもあるので、そのため今特に作品が溜まっている状況です。作曲家の仕事の良いところは、自分の経験を新しい作品に活かすことができることです。

現在多くの委嘱作品を抱えていますが、これが学生を終えた直後だったらこなすことはできませんでした。イメージを音にしていったり、それらを作品にしていく力は、経験の蓄積で身についたものだと感じます。

 

佐川:作品の構想は自然と湧いてくるものでしょうか。それとも目を凝らして見つけ出すようなものなのでしょうか。

 

岸野:両方ですね。もちろん自分の好きな音や感覚というものはあります。同時に、目を凝らすようにテーマを探求する時間も大切です。作品ごとにスタイルを変えるということはしませんが、自分なりに新しい挑戦を続けていこうという意識はあります。

 

佐川:今おっしゃられている「新しい挑戦」というのは編成といった意味でしょうか。

 

岸野:そうではありません。アイディアのことです。例えばここ数年「エコー」を題材にした作品を書いています。現在作曲している「オーボエコンチェルト」は、「鳴き龍(フラッターエコー)」という現象をテーマにしたものです。

京都の相国寺の法堂の天井には雲龍図があり、その下で手を叩くとパチパチと上下で音が跳ね返って響く現象が起こります。日本人はそれを龍が応えてくれる鳴き声ととらえます。つまりノイズを龍との対話と捉えているのですね。そのプロセスを作品に使いたいと思いました。

 

 

  打楽器六重奏曲『散華』(フランス文化庁委嘱), 2016年 動画は2018年にWDR西ドイツ放送で上演されたもの。

 

パンデミックをめぐって

 

佐川:パンデミックをめぐることについてお尋ねします。創作活動に於いて、どんなところにコロナの影響を感じられますか。

 

岸野:机に向かって1日の大半を過ごすという作曲家としての生活スタイルはあまり変わらなかったですが、旅行に行ったり、外で人と一緒に時間を過ごしたり、直接演奏家と会ってリハーサルをすることができなくなりました。

出来なくなることによって、以前の生活スタイルの大切さを感じました。仕事部屋で作品を書き続けるだけではアイディアは枯渇してしまいます。

 

佐川:ものすごく共感します。

 

岸野:今回のように京都に帰って2年ぶりに淳さんに会えたことがとても嬉しいですし、人に会える大切さを前より身にしみて感じます。ロックダウンで全く演奏会ができない時期があり、そのおかげで演奏会ができるありがたさを一層感じるようになりました。

 

人間は結局のところ一人では生きていけないということを改めて実感しました。

 

現代音楽の受容

 

佐川:現代音楽の受容についてお聞きします。私の感覚では、日本に比べるとドイツの方が現代音楽に対する興味関心が高いように感じるのですが、岸野さんはどのように思われますか。

 

岸野:現代音楽が特殊なジャンルであるというのはドイツも日本も同じだと思います。でも、現代音楽というのはクラシック音楽の延長線上にあります。まずはクラシック音楽がどれだけ生活に浸透ているかという差があると思います。また、ドイツの音楽大学ではほぼ無償で学べます。そこに来る人たちの多くは、職業音楽家を目指しています。そういう違いはあると思います。

 

 

佐川:私が留学していた当時にドイツで感じたことですが、芸術が人々の生活の身近にあるように思いました。街の至る所に様々な種類の芸術があり、それを住民が日常的に体験しています。そして誰でも気軽にコメントできる空気感があります。そういう芸術の身近さが素晴らしいなと感じました。

 

おわりに

 

佐川:私が普段高校生と接していることもありますが、このインタビューはなるべく若い人たちにも読んで欲しいと思っています。作曲家として感じておられることなど、これからを生きる人たちに向けて最後に何かメッセージを頂けないでしょうか。

 

 

岸野:心から打ち込めるものがあると、人生は豊かになります。いろいろなことに挑戦し、その中から自分にとって大切なものを選びとってください。そして、その選び取った「情熱の種」を大切に育て上げてください。


岸野末利加(Malika Kishino)  プロフィール       *(岸野末利加ホームページより引用) 

 

1971年京都市生まれ。1994年同志社大学法学部法律学科卒業。95年渡仏 。98年、パリ・エコ–ルノルマル作曲科、2003年 フランス国立リヨン高等音楽院作曲科卒業。2004-05年イルカム(フランス国立音響音楽研究所)研究員。作曲を平義久、ロベール・パスカル、フィリップ・ルルーの各師に師事。

シュトウットガルト・アカデミー・シュロスソリチュッド、ニーダーザクセン・シュライアン芸術村、ノルトライン・ヴェストファーレン州、カルフォルニア州・ジェラッシーアーティストレジデンシーや南西ドイツ放送局のエクスペリメンタルスタジオ、 カールスルーエ・アート・アンド・メディア・センター(ZKM)、 フランス音楽研究グループ(L´Ina GRM)、ベルギー・アンリー・プッスール電子音楽スタジオ などの奨学招待作曲家。2022年チェロとオーケストラのための『What the Thunder Said / 雷神の言葉』で第69回尾高賞受賞。

2006年からドイツのケルンを拠点に作曲活動を行い、作品は全てミラノ・スビーニ・ゼルボーニ社 から出版されている。